ウールリッチの自伝の第4章は1957年2月20日の出来事を描いています。この年彼は54才です。殆どの作品はもう書き終えて、母と二人でブロードウェイに面した104丁目にあるホテル・マルセイユで暮らしています。母は心臓が悪いので、この時期の彼の心配は母の健康が中心でした。彼女はこの年の10月には亡くなりますので、死の八ヶ月前の事件ということになります。
その日はアイゼンハワー大統領の特別演説がラジオで全米に放送されるというので母は熱心に聴いていました。その最中にホテルの下の方で火災が発生するのです。ウールリッチは心配で部屋を出たり入ったりとうろうろします。自分が痩せていて力がないので、もし母を連れて逃げなければならなくなったら誰かに助けて貰う必要があるからです。火災がどの程度のものなのか、上の自分たちのところにも広がってくるのかを確かめるためにホテルの中をうろついているのです。
幸いなことに火事は治まり、逃げる必要がないと分かって彼は部屋に戻ります。母は大統領の演説に耳を傾けていて彼を安心させます。彼女は火事には気が付くことはなかったに違いないと思ったからです。しかし、明日になれば彼女の耳にも入るだろうから、あらかじめ知らせておいた方がいいだろうと判断したウールリッチは「実はちょっとしたトラブルがあったんだ」と話し始めます。しかし、彼女は「知っていますよ」と答え、彼を驚かせます。「どうして?だって、ずっとここにいてラジオを聴いていたじゃないか」と訊くと、母は「あなたの顔を見ればそれくらいのことは分かるのよ。だから、知らない振りをした方があなたに心配をかけないだろうと思ったの」と言ったのです。
母のその言葉に彼は言葉を失います。病気の体だから逃げ出すには時間がかかるはずです。それなのに、息子に余計な心配をかけまいとラジオに集中している振りをしていたわけです。病気の体で自分の心配よりも息子のことを心配していた母に気がついて彼は言葉を失ったのです。そして、彼は次のように書いて、「アイゼンハワー大統領の演説」と題したこの章を終えています。
「そんな母はもういない。勇気という言葉を耳にする度に、母のことを想い、その夜のことを思い出す。」
母と息子の感動的なエピソードですが、編集者のバセットは注釈で、こう書いています。
「ニューヨーク・タイムズには、この年に火災のあったホテルは一軒しか載っていない。それは西83丁目215番地のHotel Brierfield だ。」
ウールリッチの住んでいたホテルでの火災は本当にあったのだろうか。そんなことを示唆する注釈です。火事がなかったのなら、彼は嘘を書いたということになります。ネヴィンズが伝記の中で、「エピソードの信憑性に問題があるが」と指摘しているのはこのことを指しているのだと思いますが、私はこのエピソードは事実だろうと思います。ニューヨーク・タイムズに載っていないから火事がなかったとは断言できないでしょう。我々の周囲でも火事がすべて新聞に載るとは限りません。小さな火事なら現場からの報告があったとしても紙面の都合で捨てられるケースは多いのです。小さな火事だったから、ウールリッチ親子が逃げる必要がなかった筈です。