「蜘蛛の巣のなかへ」2
彼の作品の内容が変わって来ているという評を、最近よく目にしますが、どう変わったのかは誰も口にしないようです。全盛期を過ぎて下降線を辿っているのか、それとも、これからもっと別の方向に伸びていくのかの判断を避けているからでしょう。 この作品がトマス・H・クックの作品の中で、どういう位置を占めるのか考えてみることで、一つの方向性を見てみたいと思います。
彼の作品の中で最も評価が高いのは「記憶」シリーズと呼ばれている四つの作品ですが、これは日本語版で勝手につけた名前で、原作で「MEMORY」がついているのは「死の記憶」だけです。「蜘蛛の巣のなかへ」はその「記憶」シリーズの中の「夜の記憶」に繋がると私は解釈しています。
「夜の記憶」はポール・グレーヴズというミステリ作家の過去と現在を描いた作品です。彼は子供の頃、両親が事故死したあと、姉と二人暮らしをしていたのですが、家に押し入ってきた強盗が姉を目の前で惨殺した過去を忘れようとニューヨークに出て来て、ミステリを書いて、一人で生きています。
その過去の殺人事件の真相が読み進む読者の前に次第に明らかになってくるという設定は、この作品と似ているのです。「夜の記憶」(訳は同じ村松 潔氏です)では、各パートの頭に、主人公ポール・グレーヴズの作品からの抜粋を載せているのですが、第1部ではこうなっています。
「嘘をついた人の耳元には、絶えず真実がささやきかける」
(「クモの巣にかかって」ポール・グレーヴズ)
この「クモの巣にかかって」は原文では「into the web」となっています。つまり、「蜘蛛の巣のなかへ」と同じなのです。さらに、第3部では「夜の森」という作品から、「本当に自然を見たいなら、空気をクモの巣だと考えてみることだ」という文章を取りだしています。ここでも「web」(クモの巣)という言葉を使っています。この拘りが、作品の鍵を握っていると思います。
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