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2006年1月27日 (金)

ヴァン・ダインの伝記4

 ヴァン・ダインの本名はWillard Huntington Wrightですが、弟はStanton Macdonald-Wrightです。兄弟なのに名前が違うのは、弟が自らの意志で改名したからです。その理由について、伝記は次のようなエピソードを紹介しています。

  Wrightという同名の有名人がいて、その人の親戚かと尋ねられることが多かったらしく、そのことに「tired(疲れて)」改名したというのです。作家の兄と画家の弟ですが、変わっていた点では似たところがあったようです。

 同名の有名人というのは、「帝国ホテル」の設計者としても知られる、建築家のFrank Lloid Wrightです。

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2006年1月21日 (土)

ヴァン・ダインの伝記3

 伝記によると、ヴァン・ダインは複数の大学を転々としています。サン・バンサン大学に1年、南カルフォルニア大学に1学期、シラキュース大学に数週間、ポモーナ大学に1年間だそうです。さらに、ハーバード大学に至っては入学資格すら得てなくて、二つの講義を受けるだけの特別生徒だったと書いています。講義の内容が彼のような秀才にはレベルが低かったので満足出来なかったからだと思いますが、これらの大学で「学んだことがある」と言うのはいいのですが、「卒業した」と言うのは嘘をついたことになります。彼は19才で恋をして結婚したあと、大学に戻っていないので、どこの大学も卒業はしていないことになります。

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2006年1月 8日 (日)

ヴァン・ダインの伝記2

この伝記を読んでいると、画家だった弟の側からの資料が多く採用されているのが目に付きます。その理由は伝記作者のジョン・ラファリーが美術記者であり、その方面に強いということと、弟が1973年まで生きていたことが考えられます。

 ヴァン・ダインの弟のスタントン・マクドナルド・ライトの生涯を垣間見ると、1952年に日本に来ていることに気が付きました。五ヶ月ほど滞在し、モダン・アートの講義もしているようです。1952年と言えば、日本でのヴァン・ダイン人気の最盛期だった筈です。ですから、新聞社か出版社が彼の兄についてインタビューしていると思います。あるいは、この時に講義を受講した人が何か書き残しているかも知れません。そういうものを捜して読んでみたいと思うのですが、忙しくて、なかなか手がまわりません。

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