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2005年9月30日 (金)

ウールリッチの自伝9

 ウールリッチの自伝の第3章は「EVen God Felt the Depression」と題が付けられています。「神でさえ不況だと思った」という意味でしょうが、要するに1929年10月の株価の暴落に始まる大恐慌の時代のことです。第2章は初恋の結末を語って終わっているのですから、その間の事が抜けているわけです。実は彼が書かなかったこの期間が彼のこのあとの人生を決めた時期だったのです。編集者のバセットが「Romantic Novel」と呼ぶ初期の小説が認められて、ハリウッドに招かれて映画のシナリオを書いていた時期です。我々が知っているウールリッチの作品(編集者は「Suspense Fiction」と呼んでいます)はまだ生まれていません。

 この時期の最大の出来事は結婚です。彼は1930年12月にジェイムズ・スチュアート・ブラックトンという映画のプロデュサーの娘のグロリアと突然二人だけの結婚式を挙げたのです。が、三ヶ月続いただけでした。ニューヨークに戻った彼は再び母親との暮らしに戻ります。

 1931年には母親とヨーロッパに旅行します。この旅の間に完成させた「マンハッタン・ラブソング」は「Romantic Novel」の時代から「Suspense Fiction」への転換を告げる作品という評価が何人かに指摘されています。これについてはメルマガの中でじっくり書いてみたいと思っています。

 そして帰国してから彼は独立し、ホテルでの一人暮らしを始めるのです。第3章はこの一人暮らしの時期の話から始めていて、その間のことには言及していません。我々が一番知りたいことー結婚生活とかシナリオ・ライター生活のことは一切書いていないのです。書きたくないことの多い時期だったと推察するしかありません。自伝の第2章と第3章の間の空白が彼の自伝の中の、さらに言うならば彼の人生の中の一番重い部分だったのではないでしょうか。初恋の女性が人生を狂わせて行く姿は冷酷にフィクション化して書いたのに、彼自らの人生が歪んで行く姿、つまり結婚生活が出来なかったという事実を直視することが出来なかったわけですから。

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2005年9月21日 (水)

ウールリッチの自伝8

 パーテイのあと、ヴェラはウールリッチの前から姿を消します。バイトをしていた女性の高価なコートを勝手に持ち出した為に訴えられ、六ヶ月監獄に入れられていたからです。それから数ヶ月後、ウールリッチはたまたまヴェラが住んでいた八番街の114丁目を歩いていたら、ヴェラと再会するのです。その頃、第一次大戦が勝利に終わり、ヨーロッパ戦線に送られていた兵達達も戻り、町は戦勝気分で沸いていました。若者達は街角でダンスをしたりして平和を楽しんでいる時期でした。ヴェラは彼に「こんなところで何があったのか話すのはつらいから踊って」と誘い、二人は踊り始めます。そこにヴェラの知り合いらしい女が現れ、「何をしているの?あの人達は待っているのよ」と叱ります。すると、ヴェラは「分かったわよ」と言って、その女性と一緒に立ち去るのです。二人の後を追ったウールリッチは彼女らが大きな車に乗り込むのを見ます。車の中にはギャングのような人間達が乗っていたのです。車が立ち去り、見えなくなるまで彼は見送っていました。

 ウールリッチに身分違いのパーテイに誘われたために犯罪者となったヴェラはギャングの情婦になったような印象の文章です。そして、最後に「私達は二度と会うことはなかった。会っていたとしても気が付かなかっただろう」と書いて、自伝の第二章を終えています。まるで彼の短編小説のようなラストですが、私はこの部分はフィクションだと思います。話が出来すぎています。偶然の出逢いもおかしいし、「何も言いたくないから踊って」という台詞は映画でしかあり得ないでしょう。初恋の女性はいたでしょうが、この結末は現実に起こったことではないと私は思っています。

 ネヴィンズは伝記のなかで、この場面を「この章は、ノワール文学のなかでも最も完璧は文章の一つで幕を閉じる」(門野集訳)と書いていて、虚実の判断を避けています。

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2005年9月 7日 (水)

ウールリッチの自伝7

 ウールリッチの自伝の第2章は「The Poor Girl」と題されています。第1章の題名から察するに編集者ではなく、彼自身の命名だろうと思います。この章は彼の初恋を扱った章ですが、この章だけを取りだして彼の他の短編と比較してもベスト10に入るだろうと思うくらいによく出来ています。この章の内容はブログで扱うにはテーマが大きすぎるので、連載中のメルマガ「ニューヨーク・ミステリの系譜」の中で詳しく分析したいと思います。

 ここでは次の2点だけにしておきます。

1.ウールリッチの初恋は18歳の時で、相手はヴェラ・ガフニイという「Irish working-class girl」(編集者のバセットの言葉)つまり、「アイルランド系の労働者階級の少女」でした。ウールリッチは彼女との初デイトで、手をつないで歩きながら「Ka-lu-a」という歌を口笛で吹いたら、彼女もそれに合わせてハミングしたという描写があります。あの陰気な顔をしたウールリッチが少女と手をつないで口笛を吹いて歩く姿などは想像で来ませんが、彼にも青春があったということです。この歌は注釈によると、ジェローム・カーン作曲、アン・コールドウェル作詞のミュージカル「Good Morning、Dearie」の中の一曲だそうです。私はミュージカルには不案内なので詳しいことは今の段階では分かりません。

2.彼女は貧しかったので、ウールリッチからパーテイに誘われた時に着て行く服がなく、他人の服を無断で借用して出席したので、持ち主から訴えられ六ヶ月入牢することになり、人生を狂わせてしまうという悲しい結末を迎えます。勿論、二人の恋もたった一度のパーテイで終わるわけです。しかし、話が出来すぎていて短編小説としては面白いのですが、自伝となると話は別です。どこまでが本当のことなのか、判断に苦しむところです。メルマガではその辺りを追求してみたいと思います。

 

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